1930年代、日本の経済学者・赤松要は「雁行形態論」を提唱した。先行する工業国が低付加価値の製造を後発国へ渡し、後発国はそれを足がかりに産業を高度化する。工場が順番に飛び立つ雁の群れのように、アジア全体が段階的に豊かになるという見取り図だ。理論そのものは戦前の産物だが、冷戦後の東南アジアはこの筋書きで実際に動いた。
2000年代から2010年代にかけて、中国沿岸部の人件費が上がるにつれ、縫製や組み立てがベトナム、カンボジア、バングラデシュへ移っていった。工場は動いた。賃金は上がった。輸出は増えた。この流れは現実として起きた。
2018年前後、米中の貿易摩擦が表面化し、対中関税が段階的に引き上げられた。この時点から「チャイナ・プラス・ワン」という言葉が経営の語彙になる。中国だけに依存せず、もう一拠点を東南アジアに置くという戦略だ。政策が産業を動かした、という時間軸で語られてきた。
しかし投資の意思決定は、関税の発効より先に動く。工場の設計図を引き、土地を確保し、設備を発注する時間は数年単位だ。関税が上がったから来週工場を移す、という話ではない。2018年の関税発効を起点に企業移転を語る図式は、決定のタイミングと稼働のタイミングを混同している可能性がある。企業がいつ投資を決定したかは、今日の素材のどれにも明示されていない。この欠落が、年表の空白だ。
中国国内でも、同じ時期に別の動きが起きていた。Shenzhenから内陸のAnjiへ移転した家具メーカーを追った研究は、地域をまたぐ企業移転が生産組織と労働構造を同時に変えることを示している(1)。移転先では経済的な高度化——より複雑な工程、より高い技術——が起き、それが労働条件の改善につながる経路が確認された。ただし抄録が記すのはここまでで、その高度化が政策の誘導によるものか、企業の自律的な判断によるものかは書かれていない。国をまたぐ移転と国内移転では条件が異なるが、「移転の決定要因と結果の時間差」という構造は共通している。
ベトナムは「チャイナ・プラス・ワン」の最大の受益者とされてきた。工場が来た、輸出が増えた、雇用が生まれた。これは事実だ。だが台湾のシンクタンク、Chung-Hua Institution for Economic Researchのディレクター、Meng-Chun LiuはFortuneで別の実態を指摘している。ベトナムが担っているのは最終組み立てであって、部品の設計も中核部品の製造も工程の知見も、価値の大半を握る領域は手に入っていない、と(2)。工場は来たが、設計と中核部品の製造は来なかった。
さらにLiuは、雁行形態論そのものが崩れつつあると言う。かつて中国は低付加価値の製造を周辺国へ渡してきた。今は違う。中国はサプライチェーン全体を自国内に抱え込み、東南アジアを「生産拠点」としてではなく「消費市場」として見るようになった。安い輸出品が流れ込む先として東南アジアを扱うなら、東南アジアの製造業はその競合にさらされる。移転で工場を獲得した地域が、中国製品の流入で工場の競争力を失う、という逆説が今まさに動いている(2)。
いま、関税は北米でも動いている。The Conference Boardがまとめた報告は、米国とカナダの間でUSMCAの正式交渉が終わり、双方が関税を掛け合う状態に入ったと記す(3)。米国側は、貿易法に基づき、自動車・乳製品・酒類に異なる税率の関税を課し、カナダも応じた。GDPへの影響は限定的だが、国境をまたいで統合されたサプライチェーンを持つ企業には急性の打撃がある、と同報告は見ている。ここでも問いは同じ場所に戻る。北米の製造業は、この関税をきっかけに移転を決めるのか。それとも決定はすでに進行中で、関税は背中を押したに過ぎないのか。その区別を、今の素材は教えてくれない。